AWCP企業政策リサーチ:インターン 吉野すみれ, シニアコーポレートコンサルタント 福田証子, 代表理事 上原まほ
記事監修:Lively合同会社
企業価値とは
「企業価値」とはよく耳にする言葉ですが、どんなことを意味するのでしょうか。
企業価値とは、企業が社会や市場においてもたらす価値を包括的に捉える複合的な概念です。これは単なる財務的な数値や経済的成果を超えた、多面的な価値を意味します。企業の資金調達、倒産のリスク、M&Aの交渉で活用される指標です。企業価値が高ければ、事業がうまくいっている、健康であるということで、将来的なキャッシュフローが望め株価もプラスになります。
企業価値には大きく財務的側面と非財務的側面があります。財務的側面はとてもわかりやすく、売上高、利益、市場シェア、資産価値などの定量的指標で、企業の経済的パフォーマンスを示します。一方、非財務的側面は、ブランド力、イノベーション力、人的資本、企業文化、顧客との関係性、社会的責任、環境への配慮などが含まれます。こちらは定量化指標で理解できない場合があり、捉えにくいものかもしれません。確かに直接的に数値化することは難しいものの、企業の長期的な成功と持続可能性に極めて重要な役割を果たします。
例えば、イノベーション力は新製品開発を通じて顧客価値を創造し、優れた人的資本は企業の生産性と創造性を高めます。強固な企業文化は従業員のモチベーションを高め、社会的責任や環境への配慮は社会からの信頼を獲得します。
特に重要なのは、財務的価値と非財務的価値が相互に影響し合い、ダイナミックに変化する複合的なシステムを形成していることです。顧客との信頼関係、サプライチェーンにおけるパートナーシップ、地域社会への貢献なども、企業の総合的な価値を形成する重要な要素となります。
環境・社会・ガバナンス(ESG)への取り組みも、現代の企業価値評価において重要な位置を占めています。温室効果ガスの排出削減、再生可能エネルギーへの投資、人権尊重、取締役会の多様性などは、もはや社会貢献活動の領域だけに留まらず、企業の長期的な成長と持続可能性を示す重要な指標となっています。今や経営者、投資家、ステークホルダーは、短期的な利益だけでなく、長期的な視点から企業の存在意義と社会的インパクトを総合的に評価することが求められています。
また、企業価値は「将来キャッシュフローの現在価値」として算定されることから、企業価値とはそもそもサステナビリティを内包した概念であると言うこともできます。つまり、企業は短期的な利益に加え、その利益を長期的に維持・改善する取組みを積み重ねなければ、企業価値を高めることはできないということです。そのためには、ESGをはじめとしたサステナビリティへの取組みが必須となります。
つまり、企業の真の価値は、財務的指標と非財務的要素のバランスの中に存在し、長期的な成長と持続可能性を示す総合的な指標なのです。
企業のサステナビリティに影響を与える非財務要素として、近年新たに注目を集めているのが、責任ある調達(Responsible Sourcing)であり、企業の持続可能性を推進するための重要な要素として注目されています。その一環として、アニマルウェルフェアやケージフリー政策への取り組みが位置付けられ、企業はサプライチェーン全体で倫理的、社会的、環境的な配慮を行うことが求められています。
ケージフリー政策は、食料サプライチェーンにおける責任ある調達を象徴する事例として、家畜の生活環境を改善する取り組みが重要視され、世界的に変化の速度が早い課題です。例えば、ユニリーバやネスレといった欧米の企業は、いち早くケージフリー鶏卵の調達方針を採用し、アニマルウェルフェアに配慮した基準の普及を牽引してきました。
ケージフリー鶏卵の調達を成功させるためには、トレーサビリティ(追跡可能性)の確保が不可欠です。鶏卵の生産現場から最終的な消費者に至るまでのプロセスを明確にすることで、不正行為や非倫理的な慣行を防止し、調達基準の遵守を保証できます。この対応には、サプライヤーエンゲージメントや消費者へのアプローチとして、Certified Humaneなどの国際認証制度などを活用することが効果的です。これにより、アニマルウェルフェア基準の適合性を確保し、サプライチェーン全体の透明性を高めることができます。
企業価値とアニマルウェルフェア、ケージフリー鶏卵調達への変化
ケージフリー鶏卵調達の方針はアニマルウェルフェアの向上だけでなく、企業にとってブランド向上やリスクマネジメントといった影響を与えます。
一つは、倫理的消費を重視する消費者の支持を得られることです。消費者の中には、購入する商品が持続可能性や倫理的基準を満たしていることを求める層が増えており、ケージフリー政策は規制対応のみならず、ブランドイメージ向上に寄与します。
2024年8月に発表された欧州の消費者アンケート調査 (5カ国、3,192名)にて、消費者が肉や乳製品購入時にアニマルウェルフェアを重視するスコアは3.94/5.0で、新鮮さ(4.25)や品質/味(4.10)に次ぐ3位でした。一方で、カーボンフットプリント(3.38)や有機生産(3.18)は低く評価されました。この結果から、消費者が、新鮮さ、品質、アニマルウェルフェアといった直接的で分かりやすい属性を重視していることは、企業のブランド戦略にも重要な示唆を与えます。サステナビリティを訴求する際には、環境に良い製品であることを単独で強調するのではなく、消費者が関心を寄せるアニマルウェルフェアや食品の安全性などと結びつけて伝えることで、倫理的消費を求める層の支持を得ながら、アニマルウェルフェアを重視するブランドとしてのイメージ向上に貢献すると考えられます。
二つ目は、アニマルウェルフェアに配慮した取り組みは、リスクマネジメントを始めとするコンプライアンスリスクの低減、オペレーションリスクの低減、社会的リスクの低減にもつながります。最近の報道では、アメリカではイーロン・マスク氏の医療系ベンチャーが従業員からの内部告発により実験動物の取り扱いを巡り連邦捜査を受け、日本でも2024年に製薬業界での実験動物に関する情報開示を求める株主提案が出されるなど、透明性への関心が高まっています。また、大手鶏卵メーカーは過剰生産と低価格販売で市場を拡大しましたが、2022年に会社更生法を申請しました。これらの事例は、アニマルウェルフェアへの配慮が企業の評判や経営に大きな影響を及ぼす可能性を示しています。
特にグローバルな視点では、欧米諸国を中心にアニマルウェルフェアが法規制されたり、市場要件として導入されつつあり、日本企業もこれらの動向を無視できない状況になっています。国際基準の厳格化によって、アニマルウェルフェアに配慮しない企業が事業を継続できないリスクが高まる中で、自社の経営の持続可能性を高める取組みとして、ケージフリー政策に対応したサプライチェーン確立に取り組む企業が増えてきています。一方で、ケージフリー政策の導入には課題も存在します。例えば、日本ではケージフリー鶏卵の市場がまだ発展途上であり、価格面や供給量の面で制約があります。さらに、企業内での理解促進や教育、飼育技術の向上が必要です。
企業がアニマルウェルフェアやケージフリー政策を採用することは、CSR活動だけに留まらず、企業の長期的な発展と持続可能な社会の実現に向けた重要な戦略になっているのです。そして、課題は存在する中でも実際に日本企業も続々と取り組み始めています。ケージフリー鶏卵に変えていくことのデメリットや課題もあるにも関わらず、ESG投資、社会貢献、持続的な畜産、エシカル消費のニーズへの対応にコミットメントの意識を持って展開をして始めているのです。
スタートラインに並んだ日本企業
この10年近く、企業とのエンゲージメントを通して気づいたことは、2024年時点で多くの日本企業がスタートラインに並んだということです。つまり、マテリアリティ(重要課題)やサプライヤーのガイドラインにアニマルウェルフェアを政策とする企業が急速に増えたということです。10年前はこのような政策を掲げる企業はほとんど存在していませんでした。
私たちの活動を通して、顕著になっていることがあります。企業は人権、脱炭素、地球温暖化対策、食品ロスの削減など、またSDGsの17項目など、直面する難題の解決と対応を迫られていますが、このような社会課題の俎上でアニマルウェルフェア、ケージフリー調達が議論され始めていることです。今回は限定的な日本企業の公開情報を元にした検証ではありますが、多様な業種の取り組みをこちらの表にまとめてみました。食品を扱う企業の多くが、アニマルウェルフェアを意識し始めており、遅れがある業種は、製菓業界であることが理解することができます。またキユーピー、トリドール、東都生協以外の企業は数値や期限を明確に設けたゴール設定はしておらず、尽力する、検証する程度に留まっています。
企業の多くはアニマルウェルフェア政策やケージフリーの調達方針を「サステナビリティ」の課題として捉える中、一部「社会課題」と捉えている企業もあります。
2025年からの展望
2025年は多くの外資系企業が日本拠点も含めてケージフリー鶏卵100%の調達を目指しています。そんな中、日本で生産される鶏卵の10%を扱うキユーピーの鶏卵調達方針(2024年10月に更新)は、日本の鶏卵サプライチェーンへ大きな影響があります。キユーピーから鶏卵商品を購入しているレストランチェーン、食品加工業者が数多くあり、今後はケージフリー鶏卵の生産者の数、さらに需要が一気に高まると予想しています。
また、関係者の方からサステナビリティの取り組みが、企業間の競争になってきていることを耳にします。この背景には、「社会や環境の課題の対策と目標を掲げ、確実にそこに向かって行かないと、企業の価値が下がる」ことを意味するからでしょう。特に欧米進出する日系上場企業では、アニマルウェルフェアが国際基準やサステナビリティの企業報告義務に組み込まれ、求められ始めてきています。現在スタートラインに並んだ企業は、2025年以降にはどれくらいの鶏卵をケージフリーにするのか、またはクレートフリーの豚肉にするという具体的な目標値と期限を定めて公開する時期にきているのではないでしょうか。
企業のアニマルウェルウェア、ケージフリー鶏卵方針など取り組み表
記事監修:Lively合同会社
2022年12月設立。サステナビリティ・コンサルティング、大学との共同研究、ソーシャル・エンゲージメントを軸に事業展開。東京農工大学農学部新村毅教授がリードするアニマルウェルフェアに配慮した次世代鶏舎「Unshelled」と協働し、2025年春に企業向け体験型教育プログラムを提供予定。